百人一首「有明のつれなく見えし別れより」壬生忠峯 ほか

こんにちは。左大臣光永です。先日、上野公園を歩いたらもう銀杏がすっかり葉っぱが黄色くなっていて、正岡子規記念球場の横の銀杏がすっかり黄色くて、ふぁーーと風が吹いて、雪のように銀杏の葉っぱが舞散り、あたりに積もっていたのが見事でした。頭からシャワーのように葉っぱをかぶってはしゃいでいる子供たちもいて、微笑ましいことでした。

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さて本日「左大臣の古典・歴史の名場面 」第726回目は、百人一首より30番壬生忠岑(みぶのただみね)・31番坂上是則(さかのうえのこれのり)です。静岡同志社クラブ主催の「市民古典歴史講座」の録音です。

↓↓↓音声が再生されます↓↓

http://roudoku-data.sakura.ne.jp/mailvoice/Lect030.mp3

有明のつれなく見えし別れより
暁ばかり憂きものはなし

壬生忠岑

有明の月が出ている時分に、あなたは私をつれなく追い返しました。その別れからというもの、私は暁時ほどつらいものはないと思うようになったのです。

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そっけなく女から追い返された朝。それからというもの…

男が女の元に通ってですね、一晩過ごして、翌朝。女は男をそっけなく追い返した。

「もう早く早く、帰ってちょうだい!」
「そんなに言うことないじゃないか。昨夜はあんなに愛し合ったのに」
「何ですかそんなこと言っちゃって。もう早く帰って帰って!」

………

「はあつれない女だなあ…。つらいものだ」

ふっと空を見ると、こうこうと有明の月が輝いている。それからというもの、暁時ほどつらいものは無いと思うようになった…そういう内容です。

作者 壬生忠峯

作者の壬生忠峯(みぶのただみね)は三十六歌仙の一人で、古今和歌集の選者の一人です。

皆様、三十六歌仙とは誰が選んだかご存知でしょうか?

平安時代に、百人一首にも55番に歌が採られています、藤原公任という人が選んだもので、36人のすぐれた歌人ということで選ばれた。これが三十六歌仙です。


朝ぼらけ有明の月と見るまでに
吉野の里に降れる白雪

坂上是則

朝がほのぼのと明ける時間。有明の月かと見まがうばかりに、吉野の里に降っている白雪よ。

雪を月に見立てた、見立ての歌

吉野の里にしんしんと雪が降っているわけです。それが窓の外がぱあーっと明るい。見てみると、雪が一面に降っていた。ああ月が照らしているのかと、見まがうほどだ。という、雪を月に見立てた、見立ての歌です。

このようにあるものを別のものに見立てる手法は、漢詩によく見られます。

有名なのは李白の「静夜詩」という詩です。

静夜思 李白
牀前看月光
疑是地上霜
擧頭望山月
低頭思故郷

静夜思 李白
牀前月光を看る
疑うらくは是地上の霜かと
頭を挙げて山月を望み
頭を低(た)れて故郷を思う

言葉もわかりやすく日本人にもとても好まれている詩です。教科書などによく載っていておなじみの詩だと思います。

牀前というのは寝台の前。に月の光がさしている。それが、まるで地上の霜のように、見間違えてしまうくらい真っ白だ。で、頭を上げて、向こうの山の端の月を見ていると、今度は頭が垂れてきて、気が付いたら故郷のことを考えていた。

非常にしみじみした、人気の高い詩です。

この李白の詩は月の光を地上の霜に見立てているわけですが、この坂上是則の歌は、逆に雪を月に見立てているところに、発想の逆転があります。

作者 坂上是則

作者の坂上是則(さかのうえのこれのり)。三十六歌仙の一人で、あの、最初の征夷大将軍・坂上田村麻呂の四代目か五代目の子孫ではあるまいかと言われています。

また蹴鞠の名人で、醍醐天皇の御前で行われた蹴鞠の会で206回続けて落とさなかったと伝えられています。


山川に風のかけたるしがらみは
流れもあへぬ紅葉なりけり

春道列樹

山の中に流れている川に、風がかけた自然の柵。それは、流れようとして流れあぐねている、紅葉であったのだ。

志賀越えの途中で詠まれた歌

これ、山道を歩いているわけですよ。さらさらと小川が流れている。ふっと見ると、
なんか川のまんなかにですね、赤いカタマリができていて、お、何だと見ると、それは、紅葉が、カタマリになって、なかなか川の流れに流されないで、たまっているものであった。

という発見です。

この歌は、京都から大津に抜ける途中の道で詠まれたと言われています。その京都から大津に抜ける途中に、天智天皇が築いた崇福寺というお寺があったので、

その崇福寺に参拝するために、人々はよくその志賀越えという道を通っていたということで、その道の途中で詠まれた、とされる歌です。崇福寺は現在は残っていません。

作者の春道列樹(はるみちのつらき)。特にエピソードの伝わってない人物です。

明日は、33番紀友則(きのとものり)と34番藤原興風(ふじわらのおきかぜ)です。お楽しみに。

発売中です。

百人一首 全首・全歌人 徹底詳細解説
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お早目にどうぞ。

本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。

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