天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ 僧正遍昭

あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめん (そうじょうへんじょう)

意味

天から吹いてくる風よ、天女が天と地を往来する時に通るという、雲の中の道を吹き閉じてくれ。美しい天女たちの姿を今しばらく見ていたいのだ。

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語句

■つ 「の」の古い言い方。 ■雲の通ひ路 雲の間にある路で、その路を通って天女が天界と地上を上り下りするという歌の発想。 ■乙女 宮中の舞姫を天女に見立ててた。

出典

古今集(巻7・雑上・872)。「五節の舞姫を見てよめる 良岑宗貞(よしみねのみねさだ)」。

決まり字

あまつ

解説

宮中で陰暦の11月に行われる新嘗祭(しんじょうさい、にいなめのまつり)は天皇がその年に収穫された穀物を召しあがり(神今食じんこんじき)、臣下にも饗されました。

無礼講の雰囲気があり最終日には「五節の舞」といって舞姫が舞いました。天武天皇が吉野に行幸した時、琴をつまびくと天女が降りてきて舞ったという伝説に基づいたものです。

舞姫は4人または5人で、公卿や国司の娘で未婚かつ器量が良い者から選ばれました。豊明の節会の舞姫に選ばれることは大変な名誉でした。みんな酔っぱらって顔が真っ赤になるので「豊明の節会」といったというのは一つの説です。現在の「勤労感謝の日」11月23日はこの新嘗祭の日付にゆらいしています。

この歌は宮中で舞う舞姫の姿を天女にたとえます。なんと優雅な。ずっとこの天女たちの舞を見ていたい。だから天から吹く風よ、雲の間にある天女がのぼり降りする路を吹き閉じてくれ。意味もわかりやすく、調べも優雅なので百人一首の中でも特に人気のある歌です。

新嘗祭(にいなめのまつり しんじょうさい)の歴史は古く、『日本書紀』には飛鳥時代の皇極天皇(1番天智天皇の実母)の時代にはじめて記述があらわれます。

儀式は宮中の神嘉殿(しんかでん)にて、十一月中の中または下の丑・寅卯・辰の四日間にわたって行なわれました。

初日丑の日・二日目寅の日には最終日豊明節会(とよあかりのせちえ)に舞う五節舞姫(ごせちのまいひめ)の下稽古などが行なわれます。

三日目卯の日が新嘗祭です。天皇がその年に新しく収穫された穀物をお召し上がりになり、臣下にもふるまわれました。

そして四日目最終日辰の日の夜。豊明の節会(とよあかりのせちえ)が行なわれます。天皇がその年の新しい穀物を召しあがり、お酒がふるまわれ無礼講の雰囲気がありました。

酔って顔が真っ赤になるので「豊明の節会」といった…というのは一つの説です。

宴もたけなわになった頃、五節の舞姫たちが舞台にあらわれます。

五節の舞姫は四人または五人構成で、公卿や国司の娘で未婚かつ器量が良い者から選ばれました。豊明の節会の舞姫に選ばれることは大変な名誉でした。

後花園天皇(在位1428-64)以後中断しましたが、東山天皇(在位1687-1709)の時代に復活。

明治時代に入り新嘗祭として11月23日に定められました。

太平洋戦争後の1948年(昭和23年)、GHQの占領政策により天皇行事から切り離され「勤労感謝の日」と名を変え現在に至っています。

作者 僧正遍照

僧正遍昭(816-890)桓武天皇の孫で俗名は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。父安世(やすよ)は桓武天皇の皇子。蔵人頭として仁明天皇の寵愛を受けていましたが、850年仁明天皇崩御をきっかけに出家。叡山に入り遍昭と名乗りました。六歌仙の一人で、21素性法師の父です。

小野小町との歌のやり取りが伝わっています。僧正遍昭が大和国石上(いそのかみ)に住んでいた時のこと。小野小町は石上寺に参詣に来ましたが、日が暮れてしまいました。夜が明けてから帰ろうとその夜は寺に泊まることにします。すると「この寺に僧正遍照がおすまいです」と告げ知らせるものがあります。そこで小町は歌を贈って様子をうかがいます。

岩のうへに旅寝をすればいと寒し苔の衣を我にかさなむ

僧正遍昭の返し

世をそむく苔の衣はただひとへかさねばうとしいざふたり寝む

小野小町は石上という地名を岩の上と見て、岩の上で寝るなんて寒いから苔の衣を貸してくださいと言い、僧正遍照はそれに世を捨てた私の衣は一枚だけだから、貸すことはできない。いっそ、二人で寝ようよと言っているわけです。

なかなか小洒落た、大人のやり取りという感じですね。

京都市北区、船岡山の東の山腹にあった雲林院は、もと淳和天皇の離宮だったものを、遍昭が貰い受け、元慶寺(がんけいじ)の別院にしたものです。

現在、船岡山の東に「雲林院」の名を残す小さなお寺があります。近くには紫式部の墓、小野篁の墓など、見所が多いです。

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