月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里

読み方

つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど (おおえのちさと)

意味

月を見れば心はさまざまに心乱れて物哀しい。別に私一人のために秋がやってきたというわけでも無いのに。

語句

■千々に いろいろに、さまざまに。 ■物こそ悲しけれ 「物悲し」という形容詞を二つに割って、「こそ」という強調の係助詞を入れたもの。 ■わが身一つの 前半の「千々に」と対応させるため、「一人」ではなく「一つ」としている。 ■秋にはあらねど 秋を悲しい気分でとらえはじめたのは平安時代初期、漢詩文の影響から。

出典

古今集(巻4・秋上・193)。詞書に「是貞(これさだ)のみこの家の歌合によめる 大江千里」。

決まり字

つき

解説

白楽天『白氏文集』の中の「燕子楼」という詩「燕子楼中 霜月(そうげつ)の夜 秋来って只一人の為に長し」とあるのを踏まえます。

燕子楼 其一

滿窗明月滿簾霜
被冷燈殘払臥床
燕子樓中霜月夜
秋來只爲一人長

満窓の名月満簾(まんれん)の霜
被(かづき)は冷ややかに燈(ともしび)は残(のこ)りて臥床(がしょう)を払う
燕子楼中(えんしろうちゅう) 霜月(そうげつ)の夜
秋来たって只一人のために長し

この詩は徐州の張尚書の愛人が、張の死後十年以上にわたり邸内の燕子楼(えんしろう)に独り住まい、亡き張を偲んだ、という内容です。

漢学者であった大江千里は「古き句を捜して新歌を構成せり」と記しているほどで、『白氏文集』をもとに120首もの和歌を作っています。

上の句と下の句で歌全体が倒置法になっています。本来は「わが身ひとつの秋にはあらねど 月見ればちぢにものこそ悲しけれ」。倒置法によって余韻を持たせています。

作者 大江千里

大江千里 生没年不詳。阿保親王の孫大江音人(おおえのおとんど)の子。宇多天皇の時代の漢学者です。16番在原行平17番在原業平の甥。伊予権守であった以外の経歴はわかっていません。家集に『句題和歌』で収録されている作品の多くは白楽天の詩を題として詠んだ和歌です。