逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし 中納言朝忠

おうことの たえてしなくば なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし (ちゅうなごんあさただ)

意味

いっそあなたに全く会えなくなってしまえばいいのに。そうすれば、つれないあなたのことも、我が身の不幸も、恨みがましく思わないですみますのに。

語句

■逢ふことの 男女の関係を言うときの「逢う」は契りを結ぶ、逢瀬を遂げるの意。 ■絶えてしなくは 「絶えて」は下に打ち消しの語を伴って「まったく~しない」という意味の副詞。「し」は強調の間投助詞。「は」は仮定の係助詞。 ■なかなかに 「かえって」という意味の副詞。 ■人をも身をも」…(逢ってくれない)あの人のことも、(不幸な私の)身のことも。 ■ざらまし」…「ず」の未然形+事実に反したことを仮想する(反事仮想)の助動詞「まし」。

出典

拾遺集(巻11・恋1・678)詞書に「天暦(てんりゃく)の御時(おおんとき)歌合(うたあわせ)に 中納言朝忠」。

決まり字

おうこ

解説

天徳三年(960年)三月三十日、村上天皇主催の「天徳内裏歌合」の席で詠まれた歌です。この日は20番の歌合が行われ、中納言朝忠のこの歌は19番の左方で、勝利しています。「天徳内裏歌合」といえば他に40番平兼盛41番壬生忠見が競ったことで有名です。

なまじ顔をあわせるからつらくなる。いっそどこか遠くに引っ越すか、死んでしまえば忘れることができるのに。切ない歌です。天暦歌合の判定の言葉に「詞清げなり」と評されています。

作者 中納言朝忠

中納言朝忠、藤原朝忠(910-966)。25番三条右大臣藤原定方の五男。母は藤原山蔭の娘。三十六歌仙の一人。土御門中納言または堤中納言。参議を経て中納言従三位に至りました。歌集に『朝忠集』。笛や笙の名人としても知られていました。

江戸時代の解説書『百人一首一夕話(ひゃくにんいっしゅひとよがたり)』によると藤原朝忠はとても太っていたといました。ある時朝忠は医師を呼んでどうしたら痩せるか尋ねます。すると医師は食事療法が一番だ、水漬を食べれば必ず痩せると助言します。

しかしいっこうに痩せる様子も無いので「何を食べているのです」と医師がきくと、おかずも飯も山のようについだ上にほんの少し水をかけて、ぜんぶ平らげてしまいました。医師はこれはダメだと引き返しました。

この話は『宇治拾遺物語』にあったものが、江戸時代に『百人一首一夕話』に採り上げられ、藤原朝忠の話ということになりました。

しかし、もともと『宇治拾遺物語』の「三条中納言」は藤原朝成(ふじわらのあさひら)という別人のことです。おそらく『百人一首一夕話』の作者尾崎雅嘉(おざきまさよし)の勘違いと思われます。名誉を傷つけられた朝忠こそ、いい迷惑ですね。