大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立 小式部内侍

おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみず あまのはしだて (こしきぶのないし)

意味

大江山や生野を越えて丹後国へ行く道のりははるかに遠いですから、音に聞く天の橋立もまだこの足で踏んでみたことはありませんし、母からの文もまだ届いていません。

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語句

■大江山 丹波国鍬田郡。現在の京都市西北部に位置する。「大枝山」とも。酒呑童子の伝説で有名な大江山は丹後と丹波の境で、別の山。 ■いく野 …生野。丹波国天田郡(あまたぐん、京都府福知山市)の地名。「行く」を掛ける。 ■ふみも見ず 「踏みもみず(足で踏んでみたことも無い)」と「文も見ず(手紙を受け取っていない」を掛ける。また「ふみ」は「橋」の縁語。 ■天の橋立  丹後国与謝郡(よさぐん、京都府宮津市)に位置し日本海に面した宮津湾の名勝地。儒学者林春斎によって日本三景の一つに数えられる。

出典

金葉集(巻9・雑上・550)詞書に「和泉式部、保昌に具して丹後国に侍りけるころ、都に歌合のありけるに、小式部内侍歌よみにとられて侍りけるを、中納言定頼つぼねのかたにまうできて、歌はいかがさせ給ふ、丹後へ人はつかはしけむや、使はまうでこずや、いかに心もとなくおぼすらむ、などたはぶれて立ちけるをひきとどめてよめる 小式部内侍」。

決まり字

おおえ

解説

大江山、生野、天の橋立
【大江山、生野、天の橋立】

歌の作者、小式部内侍は、和泉式部の娘です。母の和泉式部はすでに歌人としてたいへん名をはせていました。そしてこの時、その和泉式部は夫丹後守保昌について赴任先である丹後国にいます。

一方娘の小式部内侍は都で出仕しています。若いわりに見事な歌を詠むのできっと母親が代作しているのだろうと噂が立っていました。ある時、歌合せが開かれることになります。

すると藤原定頼が小式部内侍の局まで訪ねてきます。当代一の文化人として知られる大納言藤原公任の息子です。しかしお父さんが偉大すぎるためでしょうか。息子の定頼には少し軽薄なところがあったようです。

定頼は小式部に言いました。

「歌はどうなりましたか。もう丹後へ人は遣わしましたか。使いはまだ来ないんでしょうかねえ。さぞ心細いでしょうヒヒヒ」と。

どうせ母親に代作を頼むのだろう、そのために丹後国に使いを出したのでしようというわけです。親しみをこめた冗談なのですが、やな感じですね。

笑いながら立ち去ろうとする藤原定頼。しかし小式部内侍はその袖をすと引きとめて、詠みました。

大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

大江山や生野を越えて丹後国へ行く道のりははるかに遠いですから、音に聞く天の橋立もまだこの足で踏んでみたことはありませんし、母からの文もまだ届いていません。

つまり…使いなんて出してません。私は自力でやれますよという意味の歌です。それを天の橋立と大江山、丹後国の地名を詠みこんで、流麗な表現で、見事に歌にしてみせました。

「ぐっ…これは親の七光りとばかりは言っておれぬ…」

やりこめられた藤原定頼は、返歌もままならず、ほうほうの体で逃げ去ったと伝えられます。

小式部内侍(?-1025)、または小式部。平安時代中期の女流歌人。父は橘道貞(たちばなのみちさだ)、母は和泉式部。母和泉式部と同じく一条天皇の中宮上東門院彰子(じょうとうもんいんしょうし)に仕えました。

藤原道長の五男教通(のりみち)に言い寄られ、教通との間に子をなしたと伝えられます。その後28歳頃、参議藤原公成(ふじわらのきんなり)との間に男子を成し、没しました。歌人藤原定頼との親交も知られています。

母和泉式部が病気の小式部を看病していた時、小式部は詠みました。

いかにせむいくべき方をおもほえず親に先だつ道を知らねば
(どうしましょう。行くべき方向がわからないのです。親に先立って行く道など知らないのですから)(『十訓集』10ノ14)

しかし小式部内侍は母和泉式部に先立って帰らぬ人となってしまいます。和泉式部は亡きわが子を悼んで、絶唱ともいえる歌を詠んでいます。

とどめおきて誰をあはれと思ふらん子はまさるらん子はまさりけり
(子供たちと私を遺して、あの子は今誰のことを思っているだろう。きっと子供たちのことに違いない。私だって親よりも子供のことを思っているのだから)(『和泉式部集』)

和泉式部はまた娘の遺品を整理しながら口ずさみました。

もろともに苔の下にはくちずしてうづもれぬ名をみるぞ悲しき
(あの子と一緒に苔の下に朽ち果てることもできず、あの子の名が、名声が埋もれていくのを、私は生きて見ている。悲しいことだ)(『和泉式部集』)

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