ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ 待賢門院堀河

ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ (たいけんもんいんのほりかわ)

意味

貴方のお気持ちが長続きするかどうか、私にはわかりません。一夜を過ごしてお別れした朝、黒髪が乱れているように私の思いもとても乱れております。

語句

■長からむ心 末永く変わらない心。「長からむ」が「黒髪」の縁語。 ■黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ 「黒髪の乱れて」と「乱れて今朝はものをこそ思へ」と、二重の文脈になっている。黒髪が乱れているように、心もまた乱れている。「みだれ」は「髪」の縁語。「物をこそ思へ」…「物を思ふ」の間に強調の係助詞「こそ」が入り「思ふ」が已然系「思へ」で結んでいる。

出典

千載集(巻13・恋3・802)詞書に「百首の歌奉りける時、恋の心をよめる 待賢門院堀河」。崇徳院によって作成された久安百首(1150年)の中で詠まれた歌です。

決まり字

ながか

解説

生生しい官能的な雰囲気のただよう歌です。恋人と一夜を過ごした次の朝、つまり後朝の歌という設定のもとに詠んだ歌です。いつまで男の愛情が長続きするかと、悶々としているのです。

女性の黒髪がとても印象的です。怖いくらいの情念が漂っています。与謝野晶子の『みだれ髪』に、この歌と通じる歌があります。

黒髪の千すじの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる

作者 待賢門院堀河

待賢門院堀河。たいけんもんいんのほりかわ。生没年不詳。平安時代後期の歌人。父は神祇伯・源顕仲。上西門院兵衛・大夫典侍は姉妹。女房三十六歌仙・中古六歌仙の一人。初め白河院の皇女令子内親王に仕え前斎院六条(さきのさいいんのろくじょう)と呼ばれ、後に待賢門院璋子(たいけんもんいんしょうし)に仕え堀河と呼ばれます。

待賢門院と堀河
【待賢門院と堀河】

1126年摂政左大臣(藤原忠通)家歌合、同年父顕仲主催の西宮歌合などに歌を出詠します。また崇徳上皇が主催した「久安百首(1150年完成)」の歌人に選ばれ歌人として名声をはくしました。

堀河がお仕えした待賢門院璋子は鳥羽上皇の后であり崇徳天皇の母です。一時権力をふるいましたが、夫鳥羽上皇の寵愛が側室の美福門院に移り権勢を失います。康治元年(1142年)出家します。

主人待賢門院が出家するに伴い、堀河も出家します。出家後は仁和寺に住みました。かなりの老齢まで生きたようです。西行と親交がありました。『金葉和歌集』以下の勅撰集に入集。家集に『待賢門院堀河集』があります。

幼子を残して逝った夫

堀河の夫が亡くなった時、幼い堀河の子は、まだ死が理解できず、父さまはいついらっしゃるの。父さまは今度いついらっしゃるの… などと、しきりに言うので、堀河は涙ぐんで、

いふ方もなくこそ物は悲しけれ こは何事を語るなるらむ

(言いようもなく物悲しい。いったい幼子は、何事を語っているのだろう)

しかし堀河の夫の名は伝わっていません。

堀河と西行の贈答歌

待賢門院の後を追うように出家した堀河は、仁和寺のそばに住んでいました。

月の明るい晩、西行法師が仁和寺を通りかかります。

「ああ…いい月だ。堀河殿はどうしておられるか。
宮中で歌合せをしたこともなつかしい…。
このような夜に、二人しみじみ昔を語らうのも一興」

西行は前々から、堀河を訪ねていく約束をしていましたが、
忙しさに先延ばしになっていました。

このような月の晩こそ、昔を語り合うには最高のはずですが、

「いや、しかし…今宵はやめておこう」

どうしたわけか、西行は仁和寺の前を素通りしていきました。

「えっ、西行さまが、近くまでいらしていたのですか!」

後日、人の噂に、西行法師が仁和寺のそばを通ったことを知りました。

(西行さま…近くまで来ているのに私を訪ねてくださらないんなんて、
つれないですわ。そうだ。ちょっとイジメてやりましょう)

堀河は西行法師に歌を贈ります。

西へ行くしるべと頼む月影の
そらだのめこそ甲斐なかりけり

西行法師さまのことを、そのお名前の通り、
【西】方浄土へ【行】くための道しるべと頼みにしておりましたのに、
私はふられてしまったんですね。甲斐の無いことです。

「ほほう、そう来たか」

アゴひげを撫でながら、ほくそ笑む西行。
こう返しました。

さし入らで雲路をよぎし月かげは
待たぬ心ぞ空に見えける

私があなたのお住まいを訪ねないで通り過ぎたのは、
あなたが私のことを待ってはくれてはいないと思えたからですよ。

法金剛院に待賢門院をしのぶ

久安元年(1145)8月22日。京都洛西・法金剛院(ほうこんごういん)にて
尼になっていた待賢門院が崩御しました。
翌年の6月、堀河は、亡き主君を慕い、法金剛院を訪れます。

庭は荒れ果て、木々の梢は伸び放題。
そこに往時の面影はありませんでした。

カナカナカナカナ…

ただひぐらしの声だけが響いています。

(何事も変わり果てた…)

呆然と立ちすくむ堀河。

亡き主君待賢門院のことを思い、自然と涙がこみ上げます。
しかし、共に泣いてくれる者はなく、
ただ蜩の声だけが庭に響いていました。

君こふるなげきのしげき山里は ただ日ぐらしぞともになきける

(わが君はもういらっしゃらない。それを思うと、嘆きしか出てこない。
この山里に、私とともにないてくれるのは、蜩だけだ)