難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき 皇嘉門院別当

なにわえの あしのかりねの ひとよゆえ みをつくしてや こいわたるべき (こうかもんいんのべっとう)

意味

難波江の葦の刈根の一節のような、そんな短い旅の一夜を貴方と過ごしただけですのに、そのために、澪標のようにこの身を尽くして貴方を恋い続けなければいけないのでしょうか。

語句

■難波 難波の入り江。大坂。天王寺、住吉に近い。19番伊勢20番元良親王参照。 ■葦のかりね 「かりね」は葦を刈った後に残った根「刈り根」と、一夜の仮の宿「仮寝」を掛ける。 ■ひとよ 葦の節と節の間という意味の「一節(ひとよ)」と、一晩という意味の「一夜(ひとよ)」を掛ける。「難波江の葦の」は「かり寝のひとよ」を導く序詞。 ■みをつくしてや 「みをつくし」は船の航行の目印に立てられた杭「澪標」と、「身を尽くし」を掛ける。 ■恋ひわたるべき 「わたる」は長い時間そのことをする。「べき」は推量の助動詞の連体形で、上の「や」の結び。

出典

千載集(巻13・恋3・807)。詞書に「摂政、右大臣の時の家の歌合に旅宿逢恋(たびのやどりにあうこい)といへる心をよめる 皇嘉門院別当」。摂政は九条兼実で皇嘉門院の弟。

決まり字

なにわえ

解説

たった一晩だけの、旅の宿での契り。そのはずだったのに…なぜか気にかかる。すぐに忘れてしまえばいいのに。ああ…たった一晩の契りによって、こんなにも心悩ませられなければいけないの。心で問いかけている歌です。

難波という地名からは、天王寺や住吉へ参詣する途中の旅の宿でのかりそめの契りという、艶っぽいイメージが浮かびます。

また難波の江口や神崎には遊女が多くいたことを踏まえて、旅人の相手をした遊女が、思いのほか相手の男性が気にかかってしまい、別れた後もずっと物思いに沈んでいるという図が浮かびます。

「澪標」は和歌によく出てくる言葉で。舟に水路を知らせるために立てた杭のことです。「身を尽くす」という動詞に掛けてよく使われます。

松尾芭蕉『奥の細道』那古の浦の章では、この歌を念頭においた台詞があります。

作者 皇嘉門院別当

生没年未詳。父は源俊隆。崇徳天皇皇后・関白藤原忠通の娘の皇嘉門院聖子(こうかもんいんせいし)に女房として仕えました。皇嘉門院聖子は九条兼実の同母姉。『千載和歌集』以下の勅撰和歌集に入集。