奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき 猿丸大夫

おくやまに もみじふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきはかなしき(さるまるだゆう)

意味

山奥に紅葉を踏み分けて歩いていくと、鹿の声が聞こえてきた。なんと哀しげな声だろう。

語句

■奥山 人里離れた奥深い山。 ■紅葉踏み分け 紅葉を踏み分ける主語が人か鹿か、二通りの解釈がある。 ■ぞ 強意の係助詞。「悲しき」と連体形で受ける。 ■秋は 係助詞「は」は、他と区別して、特別に。

出典

古今集(巻4・秋上・215)。詞書に「是貞のみこの家の歌合の歌 よみ人しらず」。ほかに寛平御時后宮歌合(かんぴょうのおおんとききさいのみやのうたあわせ)、新撰万葉集にも見えるが、いずれも「よみ人知らず」。『【猿丸大夫集』にもあるが、この家集は後世の人の歌を集めたもので、猿丸大夫作としては信憑性は薄い。

決まり字

おく

解説

ガサガサと紅葉を踏み分けて、
山奥の道を歩いていったところ、
ケーン、ケーンと鹿の声が響いてきたのです。

歌人はその声を聞きながら、
悲しげだなあと感慨にふけるのです。

場所のイメージとしては宇治や吉野でしょうか。

「奥山に紅葉踏み分け」るのが人なのか、鹿なのか、
解釈が分かれます。

しかし悲しみを感じるのは人間ならではですから、
主語は人と考えたほうが味わい深いと思います。

作者 猿丸大夫

猿丸大夫。経歴も生没年も、実在さえはっきりしない伝説的な人物です。三十六歌仙の一人に数えられ『古今和歌集序文』「真名の序」に「大友黒主の歌は、古(いにしえ)の猿丸大夫の次(つぎて)なり」とあるので、少なくとも大友黒主の生きた平安時代初期よりも、以前の人物です。

しかし、百人一首に猿丸大夫作として採られたこの歌も、古今集では「よみ人知らず」の歌であり、奈良時代から平安時代にかけて、しだいに猿丸大夫作とされていったようです。

宇治から宇治川沿いにさかのぼると、右手に宇治田原(うじたわら)という町があらわれます。お茶の産地として知られる山間の盆地で、町はずれにはひっそりと猿丸神社が建っています。

まさに奥山に紅葉踏み分けといった悲しげな雰囲気に満ちており、今でもそのへんから猿丸大夫なる歌人がひょっこりと顔を出しそうです。猿丸神社は井沢元彦氏の小説『猿丸幻視行』の舞台ともなりました。

鴨長明『方丈記』には「田上(たなかみがわ)をわたりて、猿丸大夫の墓をたづぬ」とあり、同じく鴨長明の『無名抄』にも「田上(たなかみ)のしもの曾束(そつか)といふ所あり。そこに猿丸大夫が墓あり」とあります。鴨長明の時代には宇治川の上流の田上川のほとりに猿丸大夫の墓があったと信じられていたようです。