契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは 清原元輔

ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ すえのまつやま なみこさじとは (きよはらのもとすけ)

意味

互いに袖をしぼりながら約束したじゃないですか。末の松山を波がけして乗り越えないように、ぜったいに心変わりはしないと。それなのに、あなたは…まんまと浮気したんですね。

語句

■契りきな 「契る」は主に男女が二人の仲を約束すること。「き」は過去の終助詞。「な」は詠嘆の終助詞。 ■かたみに 「互いに」を意味する副詞。 ■しぼりつつ 「しぼる」は下の「波」を導く縁語。「つつ」は動作の反復。

出典

後拾遺集(巻14・恋4・770)。詞書に「心変り侍りける女に、人に代りて 清原元輔」。

決まり字

ちぎりき

解説

「末の松山」は宮城県多賀城市にある丘で、丘の上に大きな二本の松が立ちます。今は海から遠いものの昔は海に近く、しかもどんなに波が激しくても松の木を波が越すことは無かったことから、「末の松山を波が越す」とは「絶対ありえないこと」の例えです。

この歌は「浮気心を起すこと」を「末の松山を波が越えるように」「絶対ありえない」ことだと誓ったわけですが、その誓いがまんまと破られてしまった。そのことに恨み事を述べているのです。

「かたみに~とは」までが意味上、「契りきな」につながり、歌全体が倒置法になっています。

古今集(巻20・みちのくの歌・1093)「君をおきてあだし心をわがもたば末の松山波もこえなむ」(もし私があなたをほっておいて浮気心を持つようなことがあれば、末の松山を波が越えてしまうでしょう)を踏まえます。

作者 清原元輔

清原元輔(908-990)平安時代の歌人・官人。36番清原深養父の孫。下総守清原春光の子。62番清少納言の父。今昔物語には「物をかしく云ひて人笑はするを役とする翁」と評されています。

清原氏の一族は天武天皇の子孫が臣籍降下したものと考えられます。大和の清原から出ており、清原は天武天皇が都とした「飛鳥浄御原」の地です。よって臣籍降下した際に「清原」の姓を授けられたものと思われます。

元輔は河内権少掾から同大丞を経て従五位下・河内権守。従五位上肥後守に至ります。990年(永祚2年)、任地肥後で83歳で没しました。熊本市の清原神社には清原元輔が祭られています。

和歌所と梨壷の五人

村上天皇の天暦5年(951年)、宮中の梨壷に勅命により和歌所が設けられ、『万葉集』に訓読をつけること、『後撰集』の編纂を行うこと、二つの事業が命じられます。

「梨壷」とは御所の建物の一つ昭陽舎(しょうようしゃ)で、庭に梨の木が植えられていたことから「梨壷」と言われていました。

そして和歌所の職員として五人の寄人(よりゅうど)が選ばれました。これを「梨壷の五人」と言い、清原元輔もその一人でした。

梨壷の五人…その構成員は坂上望城(さかのうえのもちき)、紀時文(きのときぶみ)、大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)、清原元輔、源順(みなもとのしたごう)。坂上望城は31番坂上是則の子、紀時文は35番紀貫之の子。そうそうたるメンバーでした。

和歌所はその後一時すたれますが、建仁元年 (1201年)後鳥羽上皇によって『新古今和歌集』編纂のために復活しました。

奥の細道「末の松山」
↑松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で末の松山を訪れています。しっとり落ち着いた、雰囲気のあるくだりです。

奥の細道「象潟」
↑そしてこの「象潟」では、「末の松山」を念頭に置いた句が詠まれます。「松島は笑うがごとく象潟は恨むがごとし」の名言で知られる章です。

清原元輔は80歳すぎて肥後守に任じられ、肥後に下りました。肥後の藤崎宮を詠んだ歌が残っています。

藤さきの 軒の巌に 生ふる松
今幾千代か 子の日すぐさむ

賀茂祭でのふるまい

永祚二年(990年)、任期が切れる半年前に、任地肥後で没しました。現在、熊本市に清原元輔をまつった清原神社があります。

清原元輔が賀茂祭の使いとなって馬に乗っていた時、馬が石につまづいて、どうと倒れます。うわっと振り落とされる元輔。冠が外れ、ころころと転がります。当時、冠は男性にとって命の次に大事な、権威の象徴。それを祭の大勢の前で落とすとは、たいへんな恥さらしでした。

おやおや清原殿、やっちゃいましたなあ清原殿とまわりが爆笑する中、元輔はすっと冠を拾い、落馬した理由、冠を落としたといっても笑うべきでない理由を故事を引用しながらとうとうと語り、その間夕日が元輔のはげ頭にあたりこうこうと輝いていました。

「では、これにて」

言いたいだけ言い尽くすと元輔は冠をかぶりなおして馬に乗って去って行きました。結びには「此の元輔は馴者の物可咲(ものおかし)く伝て人咲(わら)はするを役と為(す)る翁」とあります。社交的で人を笑わせるが得意だったのです。