忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな 儀同三司母

わすれじの ゆくすえまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな (ぎどうさんしのはは)

意味

貴方は私のことを決して忘れないとおっしゃいますが、そんな約束、いつまで守られるか知れたものではありません。だったらお会いできた今夜限りで、いっそ死んでしまいたい。

語句

■わすれじの 「わすれない」と貴方(夫)が誓ったこと。「わすれじ」までが夫の言葉。「じ」は打消の助動詞。「の」は連体修飾格の格助詞。 ■かたければ 難しいので。形容詞「かたし」の已然形に接続詞「ば」が着いて確定条件をあらはす。 ■行く末 将来。 ■命ともがな 命であってほしい。「と」は引用の格助詞。「もがな」は願望の終助詞。

出典

新古今集(巻13・ 恋3・1149)。詞書に「中関白かよひそめ侍りけるころ 儀同三司母」。中関白は藤原道隆のこと。

決まり字

わすれ

解説

さきほどの右大将道綱母に続き、かなり思いつめた深刻な歌です。

「けしてお前を忘れないよ」と誓った、それを誓ったのは夫の道隆です。この時代は結婚しても外で違う相手と一緒になりますから、まあ現在でもそういうモラルは崩壊しつつありますが、現在以上にそれがヒドかったわけです。

だからたとえ夫婦の誓いでも信用できなかったのです。だからこそ今夜一晩の逢瀬に命を燃焼させようと、そういう歌です。

作者 儀同三司母

儀同三司母(生年未詳~996)。父は従二位高階成忠(たかしなのなりただ)。儀同三司(准大臣)藤原伊周(これちか)の母。本名は「貴い子」と書いて「きし」。円融院に仕えて高内侍(こうのないし)と呼ばました。中関白といわれた藤原道隆の妻となり伊周・隆家・定子を産みました。定子は一条天皇中宮、62番清少納言がお仕えしたことで勇名な中宮定子です。

夫没後は、中関白家は日に日に没落し、道長からの圧迫を受け、彼女も不遇でした。