憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを 源俊頼朝臣

うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを(みなもとのとしよりあそん)

意味

つれないあの方が私に振り向いてくれますようにと初瀬観音にお祈りしました。それなのに初瀬山の山おろしの風よ。どうして私にこんなにもキツくあたるのですか。そしてあの方はどうしてますます冷淡なんですか。

語句

■憂かりける人 私に対してつらくあたる人。私は相手を好きなのに、相手は私を好きでなく冷淡にしている。 ■はつせ 奈良県桜井市初瀬町。長谷寺には十一面観音を祭り、霊験あらたかで、恋愛成就の寺として知られる。35番紀貫之も長谷寺に関係した歌。 ■山おろしよ 「山おろし」は山から吹きおろす激しく冷たい風。山おろしを擬人化して呼びかけている。 ■はげしかれ 「はげし」の命令形。私につらくあたれ。 ■ものを 逆説の接続助詞。59番赤染衛門65番相模参照。

出典

千載集(巻12・恋2・708)。詞書に「権中納言俊忠の家に恋十首の歌よみ侍りける時、祈れどもあはざる恋といへる心をよめる 源俊頼朝臣」。俊忠は俊成の父

決まり字

うか

解説

「祈れども逢はざる恋」という題目で詠まれた歌です。「憂かりける」は、「つれない、冷淡だ」の意味で、好きな人がいるけど、その人は全く相手にしてくれないのです。

そこで観音様に祈ります。どうか観音さま、あの人を振り向かせてくださいと。でもそれは聞き入れられないんです。

相手はますます冷たくなり、その冷たさを象徴するかのごとき、山おろしの風がひゅうひゅうと全身を打つのです。

観音さま、ひどいじゃないですか。ちっとも願いきいてくれないじゃないですか。…そんな内容です。

作者 源俊頼朝臣

源俊頼朝臣(1055?-1129)。藤原経信の三男。歌人として名高く『千載集』『新古今集』の歌風に大きな影響を与えました。また管弦にもすぐれました。『金葉和歌集』の選者です。従四位木工頭。歌論書に『俊頼髄脳(としよりずいのう)』。家集に『散木奇歌集(さんぼくきかしゅう)』。

歌の優劣を言わない

ある時宮中で凡河内躬恒と紀貫之はどちらが歌人として優れているか議論になりました。どちらとも決着がつかず、白河法皇に尋ねますが、

「朕は何とも言えない。俊頼に問いただしてみよ」

とのお答えでした。そこで俊頼に問いただしてみたところ、

「躬恒を軽く思いなさるな」

との答えでした。

「では、紀貫之が劣っているのですね」

しかし俊頼はただ、

「躬恒を軽く思いなさるな」

そう繰り返すだけでした。深い考えがあって、ハッキリとは言わなかったのです。

名前を詠み込んだ歌

ある時法勝寺殿で歌会が開かれました。源兼昌が講師(こうじ 進行役)として歌を詠み上げる役でした。ところが俊頼の歌には名前が書かれていませんでした。

「俊頼殿、どうしたのです。名前がありまんせが」
「いいからただ、お詠みくだされ」

源兼昌は言われるままに詠みました。

卯の花の皆白髪とも見ゆるかな 賤が垣根も年よりにけり

「あっ!」

思わず手を打つ源兼昌。「年より」に俊頼の名が詠み込まれていたのでした。